Feature 特集
コラム
80年以上にわたり、女性の美と健康と共に歩んできた大島椿
2016.03.25
「大島椿」の実力を知ったのは、女子力の高い知人の「髪の毛がしっとりしてとても良いよ」のひと言から。しかし改めて振り返れば母も祖母も愛用していた……、それほど生活に浸透している「大島椿」だが、意外にその背景(歴史)は知られていない……。そこでGRANDSTYLE-Uでは、ツバキ油専門メーカーである大島椿グループ社長、岡田一郎氏に椿油100%のオイル「大島椿」のお話を伺った。
島に魅せられ椿油に注目
創業は1927年(昭和2年)。伊豆大島に卒業論文を書くために訪れた初代の岡田春一氏が雄大な自然に感動し、島おこしをしたいと特産品の椿油の販売をしたのが始まりだった。
「島中に自生し防風林として島の人々の暮らしを支えていたヤブ椿。そこから得られる椿油は生活に根付いており、島おこしにはぴったりでした」とは、岡田一郎社長。
コロッケ6~8個が10銭の時代、小瓶40mlで30銭と高級な油だった椿油を、一軒一軒売り歩く訪問販売の量り売りから始めた。が、品質の良さが認められ、数年後には雑誌社の購買部やデパートで販売されるまでになった。きびしい商品検査を通過した一流品しか扱わない当時のデパートのお墨付きをもらったのだ。 とはいえ、現在に至るまで順風満帆だったわけではない。第二次世界大戦後の混乱期には、椿油と称して椿油以外の粗悪品が出まわった。このピンチをチャンスに変えたのが、島の宣伝を兼ね、昭和25年頃から約 5年間、美しい髪の島の女性たち(大島のアンコさん)と一緒にまわった大型バス(キャンピングカーに改造したもの)での全国行脚だった。テレビのない時代、島から来たアンコさんの歌と踊りは大変珍しく、1日1000本売れることも珍しくなかった。
「 “アンコさんとして全国まわったよ”と、島の80歳を越えた女性がいまだに声をかけてくれます。旅をする余裕がない時代、アンコさんたちも楽しんだようです。島の方々に温かい言葉をいただくのは嬉しいことですね」
添加物を一切使わず椿油100%
もともと家族間のタテのクチコミで広がっていった大島椿だが、平成に入るとインターネットの活用が一般化し、若い世代を中心としたヨコのクチコミで、その存在が一気に拡散した。かつての愛用者は中高年が中心であったが、今では10代、20代のファンも多く、大手化粧品クチコミサイトや美容雑誌などが主催するコスメ大賞(あるいはアワード)で数々の賞を受賞するようになっていった。その人気の訳は、使用方法の幅広さと品質の高さがあげられる。一般的に、化粧品は様々な原料を合わせて作るが、同社の大島椿は椿油100%にこだわり続けている。「当社の大島椿は原料にこだわり、昔ながらの方法で丁寧に搾っています。さらに厳しい品質基準の下、独自の技術で精製して品質を高めており、酸化しにくく、においやベタつきがないので最後まで快適にお使いいただけます」と岡田社長は語る。
食用として世界に発信
現在、同社の椿油を用いた商品は椿油100%の「大島椿」を中心としたヘアケア用品と、乾燥肌・敏感肌のための低刺激性スキンケア用品、そして食用椿油だ。中でも食用として販売されている「椿の金ぷら油」は、注目度が高まっている。椿油は天然の植物油脂の中で「オレイン酸」が最も多く含まれているのが特徴で、この「オレイン酸」は酸化しにくく、体内で過酸化脂質をつくりにくいと言われている。また加熱による変質が起きにくく安定性にも優れている。しかも、油自体にうまみがあり、コシが強くカラッと揚がる。
健康維持によく、美味しい「椿の金ぷら油」は「2015年ミラノ国際博覧会」日本館のレストランで採用され、世界に向けて発信された。希少性が高く、受注生産のこの商品は、現在、自社の通信販売のみの取り扱いと限定されているが、今後はさらなる展開を模索中である。
「当社の椿油商品はヘアケアに加え、スキンケア、食用と幅広く展開していますが、常に当社の原点である伊豆大島への思いは変わりません。2013年の土砂災害以来、伊豆大島の観光復興支援に取り組み始めましたが、椿の花が咲く“椿まつり”の時期に合わせて今年は島内での搾油見学ツアーなどを企画し、伊豆大島への関心を高め、活性化を図っています。わたしたちは、椿油製品のトップブランドメーカーとして椿油の良さを伝え、椿油が世代や性別、国境を超えて愛用いただけるよう、つねに信頼に応える仕事をしていきたいと思っています」(同社長)